9月7日・8日 岩国市と山口市にてアメリカ市民サービスをご提供致します

在福岡アメリカ領事館は岩国市と山口市にてアメリカ市民サービスをご提供致します。米国市民権をお持ちで、米国パスポートの申請、出生の届出、公証をご希望の方は 9月5日(火)12:00 までに予約のご連絡をくださいますようお願い致します。 お申し込み (日本語可) メール:FukuokaACS@state.gov (ビザについてのお問い合わせは受けられません)電話:092-751-9331 (月曜日・木曜日10:00-12:00) 日時:9月7日(木)時間:13:00 – 14:00場所:山口県岩国市今津町1-14-51 岩国市役所 4階会議室*岩国市の御厚意により会場をご用意頂きました。 日時:9月8日(金)時間:13:00 – 15:00場所:山口市滝町1-1 山口県庁 県政資料館1階 国際交流会議室*山口県の御厚意により会場をご用意頂きました。
続きを読む»

豆夢とくまモンが熊本城で熊本地震復興支援ダンス

熊本地震から間もなく1年を迎える3月21日、米国大使館・在福岡米国領事館は熊本県の協力を得て、熊本県のキャラクター「くまモン」とアメリカ大使館 公式ソーシャルメディア親善大使「豆夢(とむ)」が、熊本城で大勢の人々と共にダンスをする様子をビデオ撮影しました。このビデオは、これまで復興に力を尽くしてきた熊本県民の皆さんの勇気と努力に対する敬意を表すとともに、今後も支援を続けるというアメリカ国民の思いを伝え、エールを送ることを目的としています。
続きを読む»

3月1日 長崎市にてアメリカ市民サービスをご提供致します

長崎市の御厚意により、在福岡アメリカ領事館は下記のとおり、長崎市内にて領事業務の受け付けを致します。対象は米国市民の方のみです。ご希望の方は2月24日(金)までにアメリカ領事館に予約のご連絡をくださいますようお願い致します。
続きを読む»

日系人初米国宇宙飛行士エリソン・オニヅカ氏を称えて

1月26日、ジョイ・サクライ首席領事は、日系人初のアメリカ宇宙飛行士エリソン・オニヅカ氏を後世に語り継ぐ会にて講演しました。オニヅカ氏はハワイ州ケアラケクアの出身で、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー」の事故で亡くなりました。
続きを読む»

ケネディ大使、福岡市で視覚障害ランナーと伴走

ケネディ大使は10月29日、福岡市の大濠公園で、リオデジャネイロ・パラリンピック女子マラソン(視覚障害)銀メダリストの道下美里選手および同選手が所属する大濠公園ブラインドランナーズクラブのメンバーらと伴走した。大使は伴走後、この経験に感銘を受けたこと、また、日米両国ですべての人へ機会を与えることについて語った。
続きを読む»

ケネディ大使、長崎市で地元の高校生と懇談、長崎くんちを観覧

ケネディ大使は10月7日、長崎市を訪問し、長崎くんちを観覧した。これに先立ち、長崎県立長崎東高等学校を訪問したほか、大島造船所で船の命名式に参加し、米海軍佐世保基地で米軍兵士たちと懇談した。
続きを読む»

熊本訪問に関するケネディ大使の声明

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2016年4月30日 キャロライン・ケネディ駐日米国大使は4月29日、熊本市を訪れ、熊本地震の復旧作業に取り組む地元自治体関係者や住民を励ました。大使は、ジョ ン・ドーラン在日米軍司令官およびローレンス・ニコルソン第3海兵遠征軍司令官と共に陸上自衛隊健軍駐屯地を訪問し、西部方面隊関係者と面会して、今回の 災害救援活動における日米の素晴らしい連携から学んだ教訓について説明を受けた。 「本日私は、地震の被災者の皆さまへの対応を続ける自治体職員ならびに自衛隊・米軍関係者の連携した取り組みを直接見ることができました。小川清 史・西部方面総監、蒲島郁夫・熊本県知事ならびに大西一史・熊本市長のたゆみない努力と、熊本をこれまで以上に強く、より良い場所に再建しようとする地元 住民の強い意欲に感銘を受けました。私たちはこれからも、熊本の方たちのことを思い続けます。この地を再び訪問する日を楽しみにしています」とケネディ大 使は述べた。
続きを読む»

長崎市でのハナミズキ植樹式におけるキャロライン・ケネディ駐日米国大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2013年12月10日、長崎平和公園 皆さん、こんにちは。この美しい都市に私を歓迎していただき感謝します。 とりわけ、長崎市の田上富久市長、長崎市議会の板坂博之議長をはじめ、今日ここにお越しの市議の皆さんにお礼を申し上げます。貴重なお時間を割いて、この友好の式典にお越しいただき、ありがとうございます。 また日米協会、長崎・セントポール姉妹都市委員会、ロータリー・クラブにもお礼を申し上げます。皆さんには、日米関係で非常に重要な役割を果たす教育の機会に対し、ご支援をいただいています。 さらには日米交流財団のポルテ副委員長、そして後援者の皆さんの支援がなければ、私たちは今日ここにいなかったでしょう。多くの皆さんにこの特 別な式典に参加していただけたことをうれしく思います。セントポールにいる私の友人たちに、姉妹都市である長崎の皆さんが彼らの訪問を待っていること、そ して私が皆さんをセントポールにご招待したことを必ず伝えます。 後ほど山里小学校の児童も参加することになっており、私はことのほか、うれしく思っています。なぜなら、この子たちは将来の日米友好大使だからです。 ここに来る前に見学した長崎原爆資料館と浦上天主堂では、この町の歴史と、より平和な世界の構築に向けた長崎市の決意に深く心を動かされました。 ネルソン・マンデラの死去から数日、私たちは皆、和解の力と、平和と正義、言論と信仰の自由の実現のための努力を続けなければならないことをあらためて実感しています。長崎市は半世紀以上にわたり、この取り組みを主導してきました。 市長がおっしゃったように、私の父は核兵器の廃絶に熱心に取り組んでいました。大統領として父が最も誇りとしていた功績は、部分的核実験禁止条約の締結でした。 オバマ大統領がケネディ大統領と同じく核兵器の廃絶に取り組み、新戦略兵器削減条約(新START)や、イランが保有する破壊兵器の数を大幅に 削減する「第1段階の措置」で合意に達したことを誇りに思います。しかし、私たちは皆、この困難で危険な世界で平和を訴え続けていかなければなりません。 幸いなことに、私たちは過去の悲しみを忘れることなく、共に友好の絆と将来への希望をたたえることができます。 ですから、米国民からの贈り物である米国産ハナミズキ100本を長崎市民と日本国民の皆さんにお渡しできることを光栄に思います。これは、100年以上前、米国が日本の皆さんからいただいた贈り物に対する感謝のしるしです。 1912年3月27日、当時の米国のファーストレディー、ヘレン・タフトと珍田駐米日本大使夫人が、ワシントンDCで2本の桜の木を植えまし た。アドレナリンを発見した偉大な日本人科学者、高峰譲吉博士のご尽力により実現した贈り物で、この2本を皮切りに3000本以上の桜の木が米国の首都に 植樹されました。 以来毎年、何世代にもわたり、米国人と日本人だけでなく、世界中の人々が、ワシントンDCで開催される桜祭りを楽しんできました。これはこれから何百年も続くでしょう。 実は、私には、ワシントンDCでの子どものころの思い出はほんのわずかしかないのですが、そのうちのひとつが、桜の季節に母に連れられて、桜並 木で有名な入り江「タイダルベイスン」の周りを歩いたことです。桜はとてもきれいでしたが、新しい赤い靴を履いて歩くにはとても遠かったので、わずか3歳 でしたが、この時のことをよく覚えています。 日米の友好のシンボルとして、この美しい桜の木やハナミズキほどにふさわしいものは他にありません。こうした木のように、両国の絆は年を追うごとに深まり、広がり続けるでしょう。 日米同盟は、継続的な管理と世話が必要な「生きている」パートナーシップです。この神聖な場所で、そして日本と米国のあらゆる場所で、平和への決意を維持し、新たにしていくのは、各世代の責任です。今は私たちの番です。 田上市長、そして長崎市の、この意義深い、永続的な取り組みにあらためて感謝いたします。互いに理解しあう世界への道を切り開いていただき、ありがとうございます。これから、この友好関係を深めていくことを楽しみにしています。 また来ることが楽しみです。
続きを読む»
さらに表示 ∨