ケネディ大使の日本トラベルマップ

ケネディ大使が日本に着任して3年あまり。各地で美しい自然に触れ、古くから伝わる文化や習わしを学び、日米交流イベントに参加し、様々な仕事に従事する方々のお話をうかがい、大勢の学生さんや子供たちと交流し、大勢の友だちを作りました。
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恋ダンス【アメリカ大使館・領事館バージョン】

日本で大人気の「恋ダンス」をケネディ大使と一緒に米国大使館、在札幌米国総領事館、在名古屋米国領事館、駐大阪・神戸米国総領事館、在福岡米国領事館、在沖米国総領事館のアメリカ人外交官と職員みんなで踊りました!
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日本の国会によるパリ協定承認に関するケネディ大使の声明

キャロライン・ケネディ大使は日本の国会によるパリ協定承認を祝し、「本日の国会での承認は、パリ協定を支える政治的な機運が引き続き大きく高まっているという、力強いメッセージを世界に発信することとなります」と述べた。
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ケネディ大使、福岡市で視覚障害ランナーと伴走

ケネディ大使は10月29日、福岡市の大濠公園で、リオデジャネイロ・パラリンピック女子マラソン(視覚障害)銀メダリストの道下美里選手および同選手が所属する大濠公園ブラインドランナーズクラブのメンバーらと伴走した。大使は伴走後、この経験に感銘を受けたこと、また、日米両国ですべての人へ機会を与えることについて語った。
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米国大統領選挙討論会を学生が観覧

トランプ氏とクリントン氏が討論した米国大統領選挙討論会(第3回最終回)を、約100名の学生が10月20日、米国大使館で見守った。学生はまた、大統領選挙のクイズや勝敗投票などに参加し、討論会終了後、専門家のパネリストによる分析を聞いた。
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ケネディ大使、長崎市で地元の高校生と懇談、長崎くんちを観覧

ケネディ大使は10月7日、長崎市を訪問し、長崎くんちを観覧した。これに先立ち、長崎県立長崎東高等学校を訪問したほか、大島造船所で船の命名式に参加し、米海軍佐世保基地で米軍兵士たちと懇談した。
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ケネディ大使が、米国留学を推進するビデオ・プロジェクト「A Broader View ― 人生を変えるアメリカ留学―」を発表

キャロライン・ケネディ駐日米国大使は本日、米国での留学・生活経験のある日本人の皆さんの協力を得て製作したビデオ・プロジェクト「A Broader View ―人生を変えるアメリカ留学―」を発表した。米国での留学・生活経験を持つ日本人が、示唆に富む体験談を語るこのビデオ・プロジェクトには、安倍晋三首 相、音楽家の小曽根真さん、タレントの関根麻里さん、キャスターの長野智子さん、画家のフランキー・スィーヒさん、チームラボ代表の猪子寿之さんらが参加 している。 「A Broader View ―人生を変えるアメリカ留学―」のウェブサイトでは、米国留学の準備に必要な情報を提供し、国務省支援の留学アドバイジングセンター、EducationUSAのアドバイザーと直接相談できる方法を紹介している。 今回の発表にあたり、ケネディ大使は次のように述べている。 「駐日米国大使として日本各地を訪問し、さまざまな分野の方々から刺激を受けています。こうした方々の多くが米国での留学・生活経験を持ち、米国 で過ごしたことで視野を広げ、活躍の場を日本だけでなく世界へ広げています。私は若者にも人生を変える経験をしてほしいと考え、各界の著名人に米国での体 験を語ってもらうプロジェクトを立ち上げました」 「A Broader View ― 人生を変えるアメリカ留学 ―」ウェブサイト ケネディ大使のビデオメッセージ
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神奈川県相模原市で起きた事件に関するケネディ大使の声明

米国民を代表して、今朝、神奈川県相模原市で発生した事件で死傷された方々のご家族およびご友人に対し、心からお見舞い申し上げます。 とりわけ、このような襲撃が知的障害者の施設で、支援を必要とする入所者の方々に対して行われたことに衝撃を受けると同時に、深い悲しみを覚えます。日本の友人の皆さんと共に、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
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ケネディ大使、カルコン日米合同会議に出席

キャロライン・ケネディ駐日米国大使は本日、 東京で開催された日米文化教育交流会議(CULCON/カルコン)の第27回日米合同会議に出席した。今回の合同会議において、大使はカルコンの名誉会員 就任の要請を受け入れた。そして日米間の教育交流の推進で指導的役割を果しているカルコンをたたえ、「我々は共に、太平洋を挟んだ両国の学生のために、よ り多くの機会を創出しています」と述べた。 加えて、ケネディ大使は、米国の大学に留学した日本人の皆さんの協力を得て取り組んでいるビデオ・プロジェクト「A Broader View -人生を変えるアメリカ留学-」を発表した。このプロジェクトでは、米国への留学経験を持つ日本人が、示唆に富む留学体験談を紹介している。大使は、この プロジェクトの予告ビデオをカルコン委員に披露し、 このビデオ へ のリンクを公開した。また、在日米国大使館が今年、「A Broader View」専用ウェブサイトを開設する予定でいることも報告した。このビデオ・プロジェクトには、ノーベル賞を受賞した大村智博士、大津市の越直美市長、 岡山県の伊原木隆太知事、楽天の三木谷浩史代表取締役会長兼社長などが参加している。 ケネディ大使はまた、日米両国の学生が留学とインターンシップを組み合わせて体験できる、在日米国商工会議所 (ACCJ)の新たな取り組みを称賛した。 ACCJのウェブサイト で の発表によると、ACCJ会員企業の数社が、米国留学から日本に戻った学生を対象とする試験的なインターンシップ・プログラムを創設する。大使は 「ACCJのインターンシップ・プログラムは、米国留学の経験を持つ学生に、日本で専門能力を開発する機会を提供します。一方、企業は、今日のグローバル 経済にとって必要な語学力や文化的なスキルを持った日本人学生から恩恵を受けることができます。これは、学生および企業の双方を利するものです」と述べ た。 日米両政府の諮問機関であるカルコンは、両国政府および国民の関心を、日米関係において不可欠な文化および教育的基盤に向ける役割を果たしている。1961年にケネディ大統領と池田首相が話し合い、設立されることとなった。詳細は、 カルコンのウェブサイト を参照のこと。
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ケネディ大使、障害者就労支援施設を訪問

ケネディ大使は6月7日、福島県の障害者就労支援施設「 アクセスホームさくら 」を訪問し、障害者が就労技術を学ぶ様子を視察した。同施設は東日本大震災の原発事故で浪江町から避難していたが、現在避難先の同県二本松市で事業を再開させている。
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オバマ大統領の広島訪問に関するケネディ大使の声明

安倍首相と共に広島を訪問するというオバマ大統領の決断は、日米の友好の精神と揺るぎない同盟関係のたまものです。大統領の訪問は、核兵器のない世界の実 現に向けて取り組むという我々が共有する決意を再確認するものになります。今このときに駐日米国大使を務めていることを光栄に思い、その歴史的な瞬間を楽 しみにしています。
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東京レインボープライド・パレードでのケネディ大使のあいさつ

こんにちは。今日は母の日ですね。ハッピー・マザーズデー! 第5回東京レインボープライド・パレードの開催、おめでとうございます。このイベントに参加する初の駐日米国大使として、私はこの場で皆さんとお話しし、共に「ゴールデンウィーク」を「レインボーウィーク」に変えようとしています。とても光栄です。 米国は、建国の礎となった自由と平等という約束を果たすため、懸命に努力しています。アフリカ系米国人、女性、障害者、そしてLGBT(レズビア ン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の人たちは、完全な公民権を求めて闘ってきました。正義のために闘う、志を持った個人の勇気を目にし、 私たちは皆、外見、信仰、愛情を向ける対象によって差別を受けている人がいる限り、真の意味で誰も自由ではないことに、あらためて気付くことができます。 LGBTの権利は人権であることを、今日、私たちは再確認します。 米国や日本だけでなく世界各地に、LGBTというだけでいじめられている学生、差別を受けている大人が大勢います。そしてLGBTの十代の若者に よる自殺の多さには、胸が張り裂けそうになります。今日、私たちは、不寛容および残忍さに立ち向かう決意を新たにし、苦しんでいる人たちに手を差し伸べま す。 若者たちは、ありのままの自分を愛してくれる人がいることを知る必要があります。高齢者が入院中のパートナーをお見舞いに行くときに、差別を受け ることがあってはいけません。誰でも自分が愛する人と結婚できるようになるべきです。互いの違いを理解し、敬意を持って相手に接し、多様性をたたえられる ようになったときこそ、私たちは平和な世界を築くことができるでしょう。 ありがとうございました。
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熊本訪問に関するケネディ大使の声明

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2016年4月30日 キャロライン・ケネディ駐日米国大使は4月29日、熊本市を訪れ、熊本地震の復旧作業に取り組む地元自治体関係者や住民を励ました。大使は、ジョ ン・ドーラン在日米軍司令官およびローレンス・ニコルソン第3海兵遠征軍司令官と共に陸上自衛隊健軍駐屯地を訪問し、西部方面隊関係者と面会して、今回の 災害救援活動における日米の素晴らしい連携から学んだ教訓について説明を受けた。 「本日私は、地震の被災者の皆さまへの対応を続ける自治体職員ならびに自衛隊・米軍関係者の連携した取り組みを直接見ることができました。小川清 史・西部方面総監、蒲島郁夫・熊本県知事ならびに大西一史・熊本市長のたゆみない努力と、熊本をこれまで以上に強く、より良い場所に再建しようとする地元 住民の強い意欲に感銘を受けました。私たちはこれからも、熊本の方たちのことを思い続けます。この地を再び訪問する日を楽しみにしています」とケネディ大 使は述べた。
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ケネディ大使の日本記者クラブにおけるスピーチ後の質疑応答

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。「問い」の部分については、日本語の原発言を文字に起こしました。 2015年12月17日 (スピーチの日本語訳はこちら) 問 時間が限られているので最初から硬い質問で恐縮ですが、政治安全保障問題についてお伺いします。今年は戦後 70年ということで、大使も広島・長崎の記念式典に出席されましが、被爆地をご覧になった感想をお伺いしたいと思います。また、来年、大使もおっしゃった ように伊勢志摩でG7サミットが開かれますが、大使はオバマ大統領の広島・長崎訪問についてどうお考えでしょうか。大使個人から大統領に訪問をお勧めにな る考えはおありでしょうか。 ケネディ大使 広島・長崎を訪れることは、誰にとっても最も印象深い経験の1つになると思います。私が被爆地を 初めて訪問したのは1978年のことで、叔父の(エドワード)ケネディ上院議員と一緒でした。(駐日大使となった)今は私の子どもたちと訪れ、平和公園を 歩く機会を得ました。これは大きな式典の際にはできなかったことです。ケネディ大統領の最も誇りとすべき功績は部分的核実験禁止条約(の締結)ですから、 (被爆地を訪問することは)私にとっても個人的に大きな意味があります。オバマ大統領も核兵器のない世界に向け取り組んでいます。被爆地を訪れる誰もが、 何としても平和のために尽力するという決意を新たにすると思います。 大統領の訪問については、ご承知のように、大統領の日程は非常に複雑ですし、まだ何カ月も先のことですから、何が可能か私には予測できません。 問 先ほど大使も言及されたように、沖縄をめぐって嘉手納以南の土地の返還の動き等もありますが、慰霊の日の式 典に今年ご出席されました。沖縄は他の日本の地域と比べて独特の歴史を持っていますし、米軍の基地が集中していますが、その現状についてどう思われます か。それから日米が普天間基地の移転先として辺野古の埋め立てで合意したことについて沖縄県が反対していることについてどう考えますか。日本が辺野古に変 わる解決策を提案した場合、米政府が再考する余地があるのかということについてお伺いしたいと思います。 ケネディ大使 まず米国は良き隣人になろうと懸命に努力しています。そして何世代にもわたる沖縄県民の米軍兵士への支援にとても感謝しています。沖縄にはこれまで4〜5回参りましたが、米軍兵士の献身的な取り組みだけでなく、地域社会の力強さにいつも感銘を受けています。 我々は基地の影響の軽減に向けて懸命に努力しており、その重要性を理解しています。人々が熱心に取り組み、さまざまな選択肢を検討し、策定したこ の計画が、これまで検討した中で最善の計画であると私は思います。我々は今、転換期にあり、今後数年が非常に重要だと思います。そして普天間(飛行場)を 移設できれば状況は改善すると思います。我々はそれを実行する決意です。できるだけ早く実現できるよう、懸命に取り組んでいます。ご存知のように、我々は 土地の早期返還に向けた措置を取りました。米軍再編だけでなく、さらなる土地の返還にも取り組んでいます。ですから、未来はより良くなると思いますし、 我々はこの計画をできるだけ速やかに実施すべきだと思います。 問 難民問題についてお伺いしたいのですが、欧州にシリア難民が流入しているということ、それからパリでの同時 テロを受けて、移民や難民受入れ問題がアメリカ大統領選でも大きな争点になってきていると思います。トランプ氏はイスラム教徒入国禁止さえ言及していま す。日本でもこれは政治問題です。大使のこの問題に対する考え方を聞かせてください。 ケネディ大使 テレビをつければ誰でも、これが現代における最大の人道問題になってきていることが分かると思い ます。つまりこれは大きな危機であり、米国も日本もこの問題に熱心に取り組んでいます。米国は、難民の生活の向上と支援のために日本が行った多大な貢献に 感謝しています。オバマ大統領は次のように明言してきました。我々はISIL(過激派組織「イスラム国」)を壊滅させる決意である、と。そして、我々は難 民を米国に迎え入れるべきであり、我々の隣人であり友人であるイスラム教徒の米国人を差別してはならない、と。この問題は今後しばらく続くと思います。そ してどの国も、この危機の原因となっている紛争を解決するとともに、故郷を離れざるを得なくなった家族を支援する義務を負っていると思います。 問 今年(戦後)70年ということで、安倍首相が戦後70年談話を発表しました。大使はかつて安倍首相が靖国神社を訪問した際に「失望」を表明されたことがありますが、70年談話についてはどのようにお考えでしょうか。 ケネディ大使 私は今年、ここ日本で、安倍首相が実施した有識者懇談会での議論などのプロセスを拝見ました。そ して米国政府は、日本が与えた過去の苦痛に対する痛切な反省を表明し、歴代内閣の談話を支持する決意を示した安倍首相の談話を歓迎しました。米国および他 の国々は、過去70年間の日本の実績が間違いなく、あらゆる国の模範となってきたと認識しています。日本はこれまで平和と安定に貢献し、国際社会で大きな 役割を果たしてきました。米国政府、オバマ大統領、ケリー国務長官のいずれも、安倍首相の談話を支持する声明を出しました。 問 次にTPPについて2点お伺いしたいと思います。先ほど大使は、アメリカの議会は承認するとおっしゃいました。ですが政治の季節を迎えていて、民主・共和両党から批判が出ている中で、どうしてそのようにポジティブになれるのか教えてください。 2つ目は日本の農産物についてです。日本の農家からはアメリカなどから安い農産物が入ってきて市場を奪われるのではないかという不安の声が聞かれ ます。一方で「国際市場に打って出ろ」という意見が聞かれます。日本の農産物でアメリカ市場で売れると思われるもの、もしくはこう売ればアメリカ国民から 歓迎されるといったようなアドバイスがあれば教えてください。 ケネディ大使 まず2番目の質問からお答えします。日本の農家が作る農作物は、世界で最も素晴らしい生産物の1 つです。冬季に桃の香りのするイチゴを作ることができるのは日本の農家以外にないでしょう。農業に従事する日本の若者に会ったこともあります。私がご一緒 した(都立)園芸高校の生徒さんたちは、将来、農業関係の仕事に就くことを考えています。また大使館に来て、私が園芸高校からお借りしている盆栽の世話を してくれています。日本学校農業クラブ連盟(FFJ)と米国のFuture Farmers of America (FFA)のメンバーにもお会いしました。両組織のパートナーシップは50年以上続いています。TPPの枠組みの中で、日本の農家が成功することに疑問の 余地はありません。課題もあるでしょう。しかし私は日本の農園を訪ねて、そこで多くの世代が共に働き、素晴らしい農産物を作っているのを拝見しました。彼 らは消費者に直接販売しています。革新的な方法で販売しています。彼らが作る農産物は非常に優れているので、成功するのは間違いないでしょう。 TPPに関しては、貿易協定の承認は決して簡単ではありませんが、それでもいつも承認されます。オバマ大統領はこの協定に固い決意で取り組んでお り、大統領が深い関心を持つ政策の達成率はこれまで非常に高くなっています。ですから総合的に見て、TPPが承認されることに私は疑問を持っていません。 政治については、また別の話です。 問 次に女性の問題についてお伺いします。先ほど大使は、経験を共有するのも任務のひとつとおっしゃいました。 実際日本は、ジェンダー・ギャップ指数で世界100位にも入っておりません。こうしたなか、日本の女性の社会進出を前進させるためのブレークスルーは何だ とお考えでしょうか。 ...
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日本記者クラブにおけるケネディ大使のスピーチ「未来の日米同盟を築く」

こんにちは。本日は、日本記者クラブでお話しする機会をいただきありがとうございます。中井良則専務理事、ご招待に感謝申し上げます。後ほど司会を務めてくださる西村陽一企画委員長、ならびにお越しいただいた皆さまにお礼を申し上げます。
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沖縄における在日米軍施設・区域の統合のための日米両国の計画の実施に関するキャロライン・ケネディ駐日米国大使の発言

こんにちは。 本日、沖縄における土地の早期返還に関し日本政府および米国政府の間で達した重要な合意を、菅官房長官と共に発表でき ることを光栄に存じます。安倍首相ならびに菅官房長官のリーダーシップと、沖縄県民の生活を向上させようとする日々の真摯(しんし)な 取り組みに敬意を表します。
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環太平洋パートナーシップ協定(TPP)合意に関するキャロライン・ケネディ大使の声明

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2015年10月6日 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)がアトランタで合意に達したという発表をうれしく思います。これは歴史的な成果であり、日米およびアジア太平洋地域に継続的な経済成長と繁栄をもたらす一助となるでしょう。 オバマ大統領および安倍首相の強力なリーダーシップ、ならびに5年にわたる交渉団の懸命な取り組みのおかげで、我々は史上最も包括的で高水準な貿 易協定を実現できました。日米同盟は過去何十年にもわたり、平和と安定をもたらしてきました。この地域協定が合意に達し、日米両国は今後TPPに参加する 他の10カ国と共に、地域全体をさらなる成長と繁栄へと導いていきます。 TPPは世界貿易の30パーセント、世界の国内総生産(GDP)の約40パーセントを占める地域を網羅しています。何億もの人々の生活を一変さ せ、目まぐるしく変化する世界に継続的な平和と安定をもたらす力を有しています。この協定は、あらゆる規模の企業に機会を創出し、消費者により多くの選択 肢を与えることとなります。この枠組みは貿易だけでなく、環境保護や野生生物の違法取引対策などの重要な問題に共に取り組む機会を提供します。また米国を 日本のみならず、アジア太平洋全域とさらに強く結びつける、戦略的に重要な協定でもあります。 この歴史的合意の履行に向け、日本および他のTPP参加国と連携していきたいと思います。
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アメリカ留学EXPO2015を開催

在日米国大使館主催の「 アメリカ留学EXPO2015 」が9月12日、東京で開催され、ケネディ大使と米国人女優シャーロット・ケイト・フォックスさんが米国留学の魅力を語った。会場には約80の大学や留学機関が出展し、1300人を超える日本人学生でにぎわった。
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ケネディ大使、理工系分野での女性の活躍を期待

ケネディ大使は7月13日、東京工業大学で開催された理工系分野での女性の活躍を勧めるパネルディスカッションで講演し、参加した女子高生たちに、今思い描いているより、さらに興味深いキャリアを見つけるためにも米国留学を奨励した。
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在日米国商工会議所(ACCJ)ウィメン・イン・ビジネス・サミットにおけるケネディ駐日米国大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2015年6月29日 ( ACCJ撮影の動画 ) おはようございます。エリザベス・ハンドーヴァー在日米国商工会議所(ACCJ)ウィメン・イン・ビジネス委員会共同議長、ご紹介ありがとうござ います。ジェイ・ポナゼッキACCJ会頭、素晴らしいスピーチ、そしてこのような重要な会合にお招きいただいたことに感謝します。この会合の成功に向け た、ウィメン・イン・ビジネス委員会のメンバー、そしてハンドーヴァー、ハイデン両共同議長のご尽力にお礼を申し上げます。ACCJと米国大使館の連携 は、私たちの使命にとって必要不可欠であり、私たちは日本で事業を行うACCJの会員企業の成功に貢献できるよう努めております。 ACCJの会員企業が長期にわたり収益を上げ、日本経済が成長していく上で、完全かつ公平な形での女性参画ほど喫緊かつ重要な要素はありません。 安倍首相および日本政府が産・学・官および社会のあらゆるレベルで女性の地位を向上させるため、強い決意を持って着実に取り組んでいることを称賛いたしま す。また女性の雇用と昇進を最優先課題のひとつとしてきた企業や省庁もたたえたいと思います。このような短期間に進展がみられたのは素晴らしいことです。 また「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関」(UN Women)から、女性の活躍を推進している政府首脳の1人として認められた安倍首相にお祝い申し上げます。そして先ほどポナゼッキ会頭が言及された、間 もなく発表される白書に多くのリソースを投じて取り組んできたACCJをたたえたいと思います。 この白書では実践的手法を採用し、全ての労働者のためになる必要な改革を打ち出しています。能力に基づいた評価制度による生産性の向上、男女両方 を対象とした価値ある指導教育制度、取締役だけでなく管理職の採用および昇進に関する透明性の向上、そして税制改革を通じた公平な競争条件の創出が盛り込 まれています。 これらの考えは個々には十分に議論されてきましたが、確実に受け入れられ、実施されるには今日ここで、そして今後もさらなる議論が必要です。これ こそ、この会合に出席している皆さんが重要な役割を果たすことができ、果たさなければならない点です。これは正しいことだからという理由だけでは実現しま せん。企業の収益力や競争力が上がる、あるいは今後20年で国内総生産(GDP)が拡大するという理由だけでは実現しません。幅広い国民の支持と強い要求 がない限り、変化は起きないでしょう。進歩が継続し、不可避で必然的なものになる必要があります。力のある立場にある人々が確立された制度や現状を打破す るには、行動がもたらす報奨よりも行動を起こさないことの代償が高くなる必要があります。 うれしいことに、日本着任からわずか1年半の間に、私はすでにさまざまな変化を目にしてきました。女性の地位向上を長年にわたって訴えてきた人た ちからは、今回は今までと違うという話を聞きます。今、チャンスが訪れていますが、これを当然と思ってはいけません。トップレベルではリーダーシップが発 揮され、才能豊かで能力のある女性があらゆる職業に進出し、その数は増加しています。平和や人権問題での日本の世界的なリーダーとしての役割と、日本で働 く女性がひどい扱いを受けているという現実は相容れないという認識が広まることで、この取り組みの緊急性が高まっています。 昨年、このシンポジウムを皮切りにさまざまなイベントが実施され、最後を飾って外務省主催の「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」 (WAW!)が開催されました。本日、このシンポジウムが再び開催され、機運が高まっています。道しるべとなるACCJの報告書が公表され、UN Womenは今年の夏、東京事務所を開設します。間もなく開催されるWAW!の第2回会合には、かつてないほどの関心が世界中から寄せられています。つま り、具体的な進展をしていることを示す必要があるということです。だからこそ、本日お集まりの皆さんはそれぞれ、この問題に個人として、そして職業人とし て取り組まなければなりません。皆さんの多くはもう手一杯だと感じている人もいるかもしれませんが、本日この場にいることで貢献しているのです。同僚や友 人を勇気づけるような模範を示すことで、さらに貢献したいと考える人もいるでしょう。文化人類学の草分け的な存在であるマーガレット・ミードは、かつて次 のように言いました。「献身的な、少数の市民が世の中を変えられることを疑ってはならない。実際に世の中を変えてきたのは、そういう人々にほかならない」 進歩をもたらすには、自らの人生や他人を助けるなかで、変革を生み出す立役者になる必要があります。私にとって、このようなスキルを身につける最 善の方法は、変化を生み出し、障害を乗り越え、自分に対する期待が低いからといって自らを制限することを拒み、そして素晴らしい成功を収めた人から学ぶこ とです。本日は、模範となる米国人の女性を何人か紹介したいと思います。皆さんのお役に立てば幸いです。 ナンシー・ペロシ下院少数党院内総務は2006年、女性初の米国連邦議会下院議長に就任しました。彼女はつい最近、日米関係強化への貢献により日 本政府から旭日大綬章を授与されました。5人の子どもの母親、そして9人の孫の祖母でありながら、下院議長として大統領権限継承順位第3位の要職を務めま した。 父親がワシントンDCに隣接するメリーランド州の都市、ボルチモアの市長を務めるなど、ペロシ院内総務は政治一家の中で育ちましたが、大学時代か ら交際していたポール・ペロシと結婚してカリフォルニア州に移り住み、6年間で5人の子どもをもうけました。彼女が地元の民主党政治に積極的に関わるよう になったのは、子どもたちが大きくなってからでした。彼女にとって政治は母親業の延長線上にありました。 「きれいな空気、水、安全な食べ物など家族のために実現したい課題はたくさんある。しかし適切な公共政策がなければこれらを手にすることはできな い。そのために政治に関わらざるを得ない」とペロシ院内総務は言いました。彼女は、長年にわたる先輩である地元選出の女性下院議員が病に倒れ、彼女を後継 者に指名するまで、政界に進出することなど夢にも考えていませんでした。ペロシ院内総務によると、その女性議員は自分を最適任者として考えていたからでは なく、ライバル議員がどれも気に入らなかったからだと言います。皆さんの多くは、こう語った彼女の気持ちがよくお分かりになるのではないでしょうか。女性 は自分の能力に自信が持てないことがしばしばありますが、ナンシー・ペロシを知っている人なら誰でも、なぜ彼女が選ばれたのか理解できるはずです。 家庭を守ることからキャリアを追求することへの転換を説明することは、細かく分ければそれほど難しくないとペロシ院内総務は言います。まず自分自 身の経験を認めること。今まで専業主婦であっても気にする必要はありません。育児や家事を切り盛りするために必要なスキルはどの職場でも大いに役立ちま す。2番目は関心がある問題について学び、精通すること。そうすれば誰に会っても自分が無知だと感じずにすみます。3番目は明確な目標を持ち、自分の計画 表をつくること。最後に、自分自身を信じて、自らの経験を共有すること。私たちは皆、自分自身の人生に責任を負うために決断を下さなければなりません。な ぜその決断を下したのか、そしてそれはいつだったのかを考えてください。私たちは皆、互いから学ぶことができます。経験を共有すれば、力をつけ、ともに前 進していくことができます。 私が共感した一番大切なことは、悩むのではなく、仲間を見つけようという点です。できない理由を並べ立てるのは時間の無駄です。前向きな考えの人 を見つけ、一緒に何ができるか考えてください。最初は世界を変えることはできないかもしれませんが、友達を変えたり、部屋を変えたり、企業を変えたりする ことはできます。 ...
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ケネディ駐日米国大使のコロンビア大学国際公共政策大学院卒業式での講演(抜粋)

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2015年5月21日、ニューヨーク市 (前略) これから皆さんがどれだけ深く政策に傾倒したとしても、世界中の人々の心を動かすのは、希望、人間の尊厳に対する敬意、他人への奉仕、そして平和に 対する決意といった最も基本的な価値観です。米国大使として日本に着任して以来、私はそれをじかに見てきました。今年は第2次世界大戦の終結から70周年 に当たります。地域関係における歴史の役割と、現在および将来の問題を解決するため共に努力する必要性について検討が重ねられ、大きな関心を集めていま す。 2015年はまた日米同盟の成立から64周年でもあります。戦後の焼け跡から築かれた我々の同盟の範囲は安全保障にとどまりません。日本と米国は 民主的な価値観、人権の尊重、法の支配を共有しています。両国は健康安全保障、災害救援、人道支援、女子教育、エネルギー安全保障と気候変動、核不拡散の 分野において、世界規模で連携しています。 日米間の信頼と友情は我々の両親および祖父母の世代が築き、維持してきました。しかしこれを当然のことと考えてはいけません。日米同盟や他の同様の関係が世界で積極的な役割を果たし続けるには、世代ごとに関係を構築する必要があります。今度は私たちの番です。 幸い私は手本を示して教えてくれる家庭で育ちました。他の人に働きかけ、共通点を見つけ、より良い世界の実現のために努力するにあたり、年を取りすぎているとか若すぎることは決してないと教わりました。それは米国と同様、日本にも当てはまることが証明されました。 1つ例を挙げましょう。おそらく皆さんもご存知かと思いますが、ケネディ大統領は第2次世界大戦中、米海軍で軍務に就いていました。父が艇長を務 めていた哨戒魚雷艇は日本の駆逐艦の攻撃で真っ二つにされ、ガソリンタンクが爆発しました。乗員のうち2人が死亡し、他はやけどがひどく泳ぐことができま せんでした。全員戦死したものと誰もが思いました。6日間にわたり危険な状況にさらされた後、父はカヌーに乗ったソロモン諸島の島民を見つけ、ヤシの実に メッセージを刻んでその島民に渡しました。こうして救助活動が手配されたのです。 戦争が終わり下院議員となった父は、自分が乗っていた魚雷艇を撃沈した駆逐艦の艦長であった花見弘平氏と手紙をやり取りしました。彼らと同世代の 世界中の多くの若者がそうであったように、花見さんも故郷に戻って公職に立候補し、福島県で町長を務めました。2人とも和解を願い、平和への思いを共有し ていました。1950年代に入り、父は「きのうの敵であり、きょうの友である花見艦長へ」と書いた写真を花見さんに贈りました。この写真は先日まで、東京 で展示されていました。駆逐艦の乗員の1人は、1952年の上院議員選挙で父の選挙運動を手伝ってくれました。1952年は日本の占領が終わった年です。 大統領に選ばれたとき、父は駆逐艦の乗員全員を就任式に招待しました。また現職大統領として初めて日本を訪問することを希望していました。 駐日大使として着任以来、私は(日本人の)米国に対する強い親近感とケネディ大統領に対する親愛の情の深さに心を打たれています。父の就任演説を 暗記して英語を勉強した世代の人たちがいて、ほとんど毎日のように誰かがその言葉を私に引用してみせてくれます。「国家が君たちのために何ができるかでな く、君たちが国家のために何ができるかを問え」という言葉です。奉仕を呼びかけるその言葉が、彼の死後50年を経過した今でも世界中で繰り返されていま す。 この人の心を動かす和解の物語は今も続いています。去る3月、私は故・花見艦長の奥さまに会う機会を得ました。そして一人の人間に及ぼす歴史の力 を感じました。先月、安倍首相が日本の指導者として初めて上下両院の合同会議で演説したとき、硫黄島で戦ったスノーデン海兵隊中将と、旧日本軍の硫黄島守 備隊司令官のお孫さんが握手をしました。このお孫さんは現在、国会議員を務めています。これらの出会いは、歴史の感情的な側面から政策を切り離してはなら ないことを思い起こさせてくれます。そして平和は、数え切れないくらいの個人の勇敢な行為、情熱、犠牲そして友情によって築かれることを私たちに示してく れています。 (後略)
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ミシェル・オバマ大統領夫人来日に伴い発表された、女子教育向上のための日米連携に関するキャロライン・ケネディ駐日米国大使のあいさつ

こんにちは。本日、米国と日本が世界の女子教育に関する新たなパートナーシップを発表するにあたり、この場にいられることを大変うれしく思います。私のあいさつを始める前に、夫に代わり、昨日チュニジアで発生した恐ろしい出来事に対し、謹んで哀悼の意を表したいと思います。日本をはじめとする各国の犠牲者の愛する方々にお悔やみ申し上げます。本日、私たちは彼らを思い、祈りをささげます。
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ケネディ大使、北海道を公式訪問

ケネディ大使は北海道を初めて公式訪問し、2月3日、 アイヌ民族博物館 (白老町)を高橋北海道知事と共に視察し、アイヌの歴史・文化およびアイヌ文化の保護と広報がどのように行われているのかについて説明を受けた。( 写真
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ケネディ大使の声明

後藤健二さんが残酷にも殺害されたとの報に接し、私は全ての米国人と同様、恐怖を感じています。我々は後藤さんのご家族、2人の人質の解放に向け多 大な努力を惜しまなかった日本政府、および日本国民の皆さんに心から哀悼の意を表します。
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ケネディ駐日米国大使の御嶽山噴火の被災者に対する声明

9月29日(月)、キャロライン・ケネディ駐日米国大使は、以下のように述べた。 「私をはじめ在日米国大使館職員一同は、御嶽山の噴火で亡くなられた方々のご冥福を祈り、被害に遭われた方々のご家族とご友人に心からお見舞いを申し上げます」
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「ツール・ド・東北2014」でのケネディ大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2014年9月14日、石巻専修大学 「女川・雄勝フォンド」(60キロ)スタート前のあいさつ 再び訪れた石巻市で、「ツール・ド・東北2014」に参加できることを、大変うれしく思っています。東北地方は3度目の訪問になりますが、皆さんの強さと勇気に心を打たれました。自転車で走りながら、美しい海岸線を見ることを楽しみにしています。 今回のイベントを主催されたヤフー株式会社と河北新報社、そしてコースの各所で一生懸命ボランティアを務めてくださるすべての方に感謝いたします。東北を自転車で走る約3千人の一人として参加できることに、わくわくしています。 お招きいただき、本当にありがとうございます。皆さん、お互いにがんばりましょう! 「女川・雄勝フォンド」(60キロ)完走後のあいさつ 本当に楽しかったです。沿道でたくさんの方が手を振って、私たちを歓迎してくれました。(エイド・ステーションで食べた)食べ物も、とっても美 味しく、景色も素晴らしかったです。そして、最も感激したのは、東北の皆さんの活力です。来年の「ツール・ド・東北」が待ち遠しいです。今度は100キロ に挑戦するかもしれません。 心からのおもてなし、そして、感動ありがとうございました。
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ケネディ大使の「2014 USJC-ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」でのスピーチ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2014年5月27日、ANAインターコンチネンタルホテル東京 おはようございます。本日は、お招きいただきありがとうございます。女性の直面する重要な課題について議論するため、私たちが一堂に会する機会を与 えてくださった在日米国商工会議所(ACCJ)に感謝します。アイリーン・ヒラノさんの米日カウンシルにおけるリーダーシップと、日米の若者が友達となる 場を提供するTOMODACHIイニシアチブへの力添えに感謝します。働く若い女性の指導に取り組んでいるジェイ・ポナゼッキさんには、ACCJ初の女性 会頭となられたことにお祝いを申し上げます。またウーマノミクスの母であり、女性のエンパワーメントの素晴しいお手本である友人のキャッシー松井さんに敬 意を表します。そしてローヤン・ドイさん、ご紹介ありがとうございます。ドイさんのこの問題へのたゆまぬ取り組みに感謝します。 本日の聴衆を前に女性の経済参加を拡大することの重要性を語るのは、まさに釈迦(しゃか)に説法、聖歌隊に説教をするようなものですが、だからと 言って、これが重要でないというわけではありません。マーチン・ルーサー・キング牧師がよく言ったように「聖歌隊への説教をやめてはならない。説教をやめ ると歌わなくなるかもしれないから」です。 アイリーン、ジェイ、キャシー、そして安倍首相は、日本における女性の経済的エンパワーメントの正当性を訴えてきました。これは常識です。経済的 な論拠は納得できるものであり、統計には説得力があります。さらに、国のトップがこの問題に力を入れています。これが日本の将来にとって死活的に重要な問 題であることが広く認識されており、また歴史の流れを変えることに熱心な世代の女性たち、すなわち皆さんがいます。 初めての女性駐日米国大使として、私も変革のシンボルであることを承知しています。日本の皆さんの歓迎ぶりから、また男女を問わず社会のすべての 人々が熱心にこの問題を推進しようとしている姿からも、より大きな社会変革をもたらす上での個人の行動の力と重要性がよくわかります。 日本の女性たちには、行動を起こした経験があります。明治時代、そして20世紀初めの数十年間に、女性は参政権を勝ち取るために英米の女性たちと同様、懸命に闘いました。 一人ひとりの女性も大きな影響を与えることがあります。終戦直後の悲惨な時代に、ベアテ・シロタという、マッカーサー将軍の部下だった22歳の日本育ちの女性が、日本国憲法第14条と第24条に、それまで前例のなかった女性の権利の保障を盛り込みました。 米国では日系人のパッツィ・タケモト・ミンクが、アジア系アメリカ人として、また白人以外の女性で初めて連邦議員に選出されました。彼女はマウイ 島のサトウキビ農園で育ち、シカゴ大学法科大学院に学び、連邦議員を24年間務めました。特筆すべきは、「タイトル・ナイン」として知られる画期的な法案 の共同草稿者であり、同法案の可決を推進する原動力となったことです。後にパッツィ・T・ミンク教育機会均等法と改称された「タイトル・ナイン」は、女性 に高等教育と運動競技に参加する機会を提供し、米国社会を変革しました。 こうした女性たちは、私たちのために闘ってくれました。その努力を無駄にはできません。私たち自身の母、祖母、恩師に加え、このような先人たち は、男性社会で成功しようとし、仕事と家庭を両立させ、キャリアを選び、あるいは単に十分な給料をもらえる仕事を見つけ、家庭を切り盛りし、小さな子供を 育て、老いた親の面倒を見るなど、さまざまな問題と奮闘する私たちに影響を与え、導いてくれます。こうした問題はすべての女性に共通する課題であり、日本 のように男女の役割が文化的に規定された長い歴史を持つ社会では、特に難しい問題となりえます。 しかし、日本は国論の統一が成った時には、急激な進歩が可能なことを繰り返し証明してきました。日本の工業化は19世紀後半の経済的奇跡でした。 日本は世界の繊維市場を席巻しました。今行われている富岡製糸場のユネスコ世界遺産登録に向けての取り組みは、誰からも認められることもなく、搾取された 女工たちの素晴らしい功績を記念するものです。20世紀になり、日本は再び道を切り開いて戦争の荒廃から国を復興させ、記録的なスピードで世界第2位の経 済大国になりました。しかし、戦後経済の安定と繁栄を支えた終身雇用制、家庭での従たる稼得者を優遇する税制、労働力の流動性の欠如は、今や日本の経済成 長の足かせになっています。 いろいろな意味で、今、決定的局面を迎えています。21世紀の歴史はアジアで書かれます。日米関係はこの地域の平和と繁栄の礎です。安全保障同盟 を強靭(きょうじん)なものとし、日米の2国間関係が強固で多面的であるようにすることが私たちの仕事です。商業、科学研究と探査、人道支援と災害対応、 および教育・文化交流など多くの分野で、更なる連携の機会があります。しかし、対等なパートナーであるためには、どちらの社会もすべての市民を対等に扱う 必要があります。 現在、両国とも女性の経済的エンパワーメントに真剣に取り組む指導者に恵まれています。安倍首相は安全保障、エネルギー、経済の分野で意欲的な政 策を提示しましたが、女性の経済的エンパワーメントはその成功の中核にあります。安倍首相は国民的議論に火をつけ、政府、企業がそれに応えており、すでに 進ちょくが見られます。 女性のエンパワーメントの必要性は、道義上必要なものというだけでなく、経済的な生き残りをかけた問題です。日本の人口が減少しつつあるなか、女 性の経済参加を増やすことにより、国内総生産(GDP)が最大16%も伸びる可能性があることが統計で示されています。適切に対処すれば、女性の成功が男 性の犠牲により成り立つことにはなりません。むしろ、経済全体のパイが広がり、社会全体が恩恵を受けます。マクロ経済用語で言えば、全員にデザートが行き 渡ることになります。 この問題が米国では解決済みだということではありません。ただ、日本同様、米国の指導者もこの問題をよく理解しています。オバマ大統領のお母さん はシングルマザーで、ある時期、家族を養うために政府の援助を受けなければなりませんでした。彼の奥さんは米国で最も貧しく、危険な地区のひとつで育ち、 苦労してプリンストン大学とハーバード大学法科大学院に進学しました。自分自身とアメリカンドリームを信じていたからです。また大統領は、両親と同じよう に聡明で意志の強い2人のお嬢さんの父親です。さらには、2009年にオバマ大統領が就任後、最初に行ったのが、職場での賃金差別と闘う権利を女性に与え るリリー・レッドベター公正賃金法への署名でした。 今年の一般教書演説でオバマ大統領は次のように語りました。「今日、女性は労働力の約半数を占めています。しかし今も、男性の賃金を1ドルとする と、女性の賃金はわずか77セントでしかありません。これは間違っているだけでなく、2014年の現在では恥ずかしいことでもあります。同じ仕事をしてい る場合、女性にも男性と同じ賃金が支払われるべきです…なぜなら女性が成功するときに、米国は成功すると私は固く信じているからです」と。 この好機を生かすには、女性が直面する障害を直視しなければなりません。また、高等教育を受けた女性と大学を卒業していない女性の間、そして結婚している女性とシングルマザーの間で、機会に大きな格差がある事実も直視する必要があります。 今日、私たちが主に論じているのは、労働市場での需要が高い、高学歴で一定の技能を備えた、専門職に就く女性のエンパワーメントですが、忘れては ならないのは、多くの女性にとって最大の仕事は、貧困ラインの下に落ちないようにすることだという点です。日本の子供の15%、アメリカの子供の23% が、貧困の中で育ちます。必死に生きているお母さんたちの何と多いことでしょう。 米国では貧困は女性問題です。貧しい成人10人のうち6人近くが女性で、貧しい子供の半数以上が、女性が世帯主の家庭で暮らしています。日本の相 対的貧困率は16%であり、働く一人親家庭(通常は母子家庭)の子供の50%が貧困状態にあります。その結果、日本は、仕事を持つことが貧困率を下げるこ ...
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ケネディ大使のハフィントンポスト日本版1周年記念イベントでの開会スピーチ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2014年5月27日、東京・アーツ千代田3331 皆さん、こんばんは。この素晴らしいイベントへのご招待ありがとうございます。ハフィントンポスト日本版1周年記念おめでとうございます。今夜皆さ んが行う議論は、ハフィントンポストがオンラインで展開している対話と同様のものであり、本イベントへの参加をとても楽しみにしておりました。今は仕事と 家庭の両立という課題を議論する重要な時期にあります。皆さんの考えを聞かせていただき、日本がこの問題に取り組むなか、継続的な対話に加わわらせていた だきたいと思っています。 初めての女性駐日米国大使として、私も変革のシンボルであることを承知しています。日本の皆さんの歓迎ぶりから、また男女を問わず社会のすべて の人々が熱心にこの問題を推進しようとしている姿からも、より大きな社会変革をもたらす上での個人の行動の力と重要性が強く印象付けられました。 日本の女性たちには、行動を起こした経験があります。明治時代、そして20世紀初めの数十年間に、女性は参政権を勝ち取るために英米の女性たちと同様、懸命に闘いました。 1950年代には、日本の看護師たちが自分たちの職業に対する見方を変えようとしました。看護師の仕事が結婚前の腰掛けでなく、真剣に取り組む 専門的な職業として尊重されることを望みました。彼女たちの努力により、1958年には結婚後も仕事を続けている看護師はわずか2%でしたが、1980年 代には約70%にまで増加しました。 米国では日系人のパッツィ・タケモト・ミンクが、アジア系アメリカ人として、また白人以外の女性で初めて連邦議員に選出されました。彼女は「タ イトル・ナイン」として知られる画期的な法案の共同草稿者であり、同法案の可決を推進する原動力となりました。この法律は、連邦政府から資金提供を受ける すべての教育機関に、男女を平等に処遇する義務を課しました。後にパッツィ・T・ミンク教育機会均等法と改称された「タイトル・ナイン」は、女性に高等教 育と運動競技に参加する機会を提供し、米国社会を変革しました。 こうした女性たちは、私たちのために闘ってくれました。その努力を無駄にはできません。私たち自身の母、祖母、恩師に加え、このような先人たち は手本となり、男性社会で成功しようしし、仕事と家庭を両立させ、キャリアを選び、あるいは単に十分な給料をもらえる仕事を見つけ、家庭を切り盛りし、小 さな子供を育て、老いた親の面倒を見るなど、さまざまな問題と奮闘する私たちに影響を与え、導いてくれます。こうした問題はすべての女性に共通する課題で あり、日本のように男女の役割が文化的に規定された長い歴史を持つ社会では、特に難しい問題となりえます。 しかし、日本は国論の統一が成った時には、急激な進歩が可能なことを繰り返し証明してきました。いろいろな意味で、今、決定的局面を迎えていま す。日米関係は強固で多面的です。両国とも女性の経済的エンパワーメントに真剣に取り組む指導者に恵まれています。安倍首相は安全保障、エネルギー、経済 の分野で意欲的な政策を提示しましたが、女性の経済的エンパワーメントはその成功の中核にあります。ある調査によると、女性の社会参加が拡大すると、国内 総生産(GDP)が最大16%も伸びる可能性があります。安倍首相は国民的議論に火をつけ、政府、企業がそれに応えており、すでに進ちょくが見られます。 この問題が米国では解決済みだということではありません。ただ、日本同様、米国の指導者もこの問題をよく理解しています。オバマ大統領のお母さ んはシングルマザーで、ある時期、家族を養うために政府の援助を受けなければなりませんでした。彼の奥さんは米国で最も貧しく、危険な地区のひとつで育 ち、苦労してプリンストン大学とハーバード大学法科大学院に進学しました。自分自身とアメリカンドリームを信じていたからです。2009年にオバマ大統領 が就任後、最初に行ったのが、職場での賃金差別と闘う権利を女性に与えるリリー・レッドベター公正賃金法への署名でした。 この好機を生かすには、女性が直面する障害を直視せねばなりません。また、高等教育を受けた女性と大学を卒業していない女性の間、そして結婚し ている女性とシングルマザーの間で、機会に大きな格差がある事実も直視する必要があります。今日、私たちが主に論じているのは、高学歴でスキルがあり、需 要が高い、専門職に就く女性のエンパワーメントですが、忘れてはならないのは、多くの女性にとって貧困ラインの下に落ちないようにすることが最大の仕事だ という点です。日本の子供の15%、アメリカの子供の23%が、貧困の中で育ちます。必死に生きているお母さんたちの何と多いことでしょう。 米国では貧困は女性問題です。貧しい成人10人のうち6人近くが女性で、貧しい子供の半数以上が、女性が世帯主の家庭で暮らしています。日本の 相対的貧困率は16%です。働く一人親家庭(通常は母子家庭)の子供の50%が貧困状態にあります。その結果、日本は、仕事をすることが貧困率を下げるこ とにならない唯一の国になっています。 このような家族の苦しみがあるからこそ、教育を受ける機会と仕事に恵まれた私たちが、女性のエンパワーメントへの取り組みを倍加する必要があります。 ここにいる私たちのような、高い教育を受けた働く女性にとって、状況は上向いています。日米ともに、大学の学位取得者の半数以上を女性が占めて おり、将来の職種にはスキルを持った、教育程度の高い労働力が必要です。両国とも経済が製造業からサービス業へと移行する中で、女性のスキルは今まで以上 に好まれるようになるでしょう。このプロセスを加速するには、女性の進出の最大の阻害要因は何か、またそれに対応するため、社会のそれぞれの部門に何がで きるかを問う必要があります。 政府は企業と連携して規制を緩和し、柔軟な勤務体制を奨励し、保育の選択肢を増やす必要があります。大手企業は、女性がキャリアを通じてトップ に上ることができるルートをつくる必要があります。有能な女性たちが子供を産んだとき仕事をやめねばならないことがないよう、働く母親が利用できる施設を 職場に設けることが緊急に必要とされています。経営に関する無数の調査が示すように、女性の参画の大きい企業ほど利益が大きく、経営も安定しています。加 えて、より柔軟な勤務制度の導入は仕事の満足度を高めるだけでなく、生産性も向上させます。 高い評価を受けているピュー研究所が2011年に米国で実施した調査では、18歳から29歳の男女の72%が、夫婦共働きで家事も分担する結婚生活が最も望ましいと答えています。夫婦がチームとして働き、子育てをすることで、強い絆と相互理解が生まれます。 外に働きに出ることで女性の子育ての時間が減ると心配する皆さんには、昨年発表された別のピュー研究所の調査をご紹介します。この調査から、共 働きが一般である米国では、両親が子供と過ごす時間が実際には増えていることが分りました。1965年から現在までの間に、父親が子供と過ごす時間は3倍 近く増加し、驚くことに現代の米国の子供たちが母親と過ごす時間は60年代より多くなっています。 私たち全員が初の女性首相、大統領、あるいはCEOになることはできませんが、自分の人生の変革を立案することは誰でもできます。そして自分自 身のために立ち上がるたびに、夫にもう少し手伝ってほしいと言うたびに、病気の子供を家に残している職場の同僚に協力するたびに、いい仕事をするには毎晩 8時過ぎまで残業する必要はないと上司を説得するたびに、私たちは周りの世界を変えていくのです。このような小さな変化が積み重なって大きくなり、努力を 続ける自信と、私たちが自分より大きなものの一部であると信じる勇気を与えてくれます。またこうした小さな変化により、娘たちの成功が容易になり、息子た ちが家庭生活の喜びをもっと経験できると知ることができるのです。希望のさざなみが波及し、私たちの触れるすべての人生が影響を受け、その人々が関わるす べての人生に伝わっていきます。それぞれの行為が拡大され、時と世代を超え、決して会うこともない人々の人生まで変えていきます。 米国では進歩はあったものの、まだ長い道のりが続きます。日本では皆さんこそ、歴史を変えることができる世代です。このようなチャンスを手に入 ...
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伊勢神宮でのハナミズキ植樹式におけるキャロライン・ケネディ駐日大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2014年4月16日 皆さん、こんにちは。日本で最も神聖な場所、伊勢神宮に私を迎えていただきありがとうございます。とりわけ、鈴木英敬・三重県知事、鈴木健一・伊勢 市長、そして尾崎行雄・元東京市長の功績を記念する活動を行っているNPO法人「咢堂香風」の土井孝子・理事長にお礼を申し上げます。お忙しい中、貴重な お時間を割いてこの友好の式典にお越しいただき、ありがとうございます。 また樹木医の萩原俊廣さんご夫妻にもお礼を申し上げます。萩原さんと奥さまには、ハナミズキの木が米国から日本に到着して以来、面倒を見ていただいており、お二人は「友好の木―ハナミズキ・イニシアチブ」の成功に不可欠な存在です。 今日の式典に、子どもたちが参加していることもうれしく思います。なぜなら、この子どもたちは日本と米国をつなぐ未来の友好大使だからです。 米国民から伊勢市民と日本国民の皆さんへ、この北米産ハナミズキを贈ることを光栄に思います。この木と、伊勢市内に植樹する他の31本のハナミズキは、100年以上前に日本から米国に贈っていただいた桜の木に対する、私たちの感謝のしるしです。 桜を米国に贈った東京市の尾崎市長は、伊勢市にとってとても特別な方です。尾崎市長は生涯を通じて平和のために尽力したと思います。そしてこの木が、花と共に平和の精神をここ伊勢市に運んでくれることを望みます。 1912年3月、当時の米国のファーストレディー、ヘレン・タフトと珍田駐米日本大使夫人が、ワシントンDCに2本の桜の木を植えました。この2 本を皮切りに、3000本以上の桜の木が米国の首都に植樹されました。以来毎年、何世代にもわたり、米国人と日本人だけでなく、世界中の人々が、ワシント ンDCで開催される桜祭りを楽しんできました。桜祭りは日米友好を生き生きと示すシンボルであり、それは今後何百年も続くでしょう。 私が幼いころの思い出に、ワシントンDCの桜の季節に、母に連れられて、桜並木で有名な入り江「タイダルベイスン」の周りを歩いたことがありま す。私はわずか3歳でしたが、桜がとてもきれいだったので、この時のことはよく覚えています。それに、私は新しい赤い靴を履いていて、タイダルベイスン は、歩いて行くにはとても遠かったのです。 日米の友好のシンボルとして、美しい花を咲かせるこれらの木ほどふさわしいものは他にありません。これらの木は、長い年月をかけて強く成長することでしょう。そして両国の関係も深まり、広がっていくでしょう。 こうした木を見てあらためて思うのは、日米同盟は、継続的な管理と世話が必要な「生きている」パートナーシップであるということです。平和への決意を維持し、新たにしていくのは、各世代の責任です。今は私たちの番です。 鈴木知事、鈴木市長、そして伊勢市による、この意義深い、永続的な取り組みにあらためて感謝いたします。互いに理解しあう世界への道を切り開いていただき、ありがとうございます。これから、両国の間で互いに対する敬意と友好関係を深めていくことを楽しみにしています。
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ケネディ大使、種子島宇宙センターを訪問

ケネディ大使は種子島宇宙センターを訪問(2月27日~28日)した。大使は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の奥村直樹理事長の案内で同センターを視察 し、NASAとJAXAの協力による全球降水観測計画(GPM計画)主衛星を搭載したH-IIAロケット23号機の打ち上げも見た。( 鹿児島国際大学での発言/英文NASAのビデオ
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ケネディ大使、沖縄を訪問(2月11日~13日)

キャロライン・ケネディ大使は2月11日、就任後初めて沖縄県を訪問した。大使は2月12日、沖縄県平和祈念公園を訪れ、国立沖縄戦没者墓苑で献花をし、沖縄戦で亡くなられた兵士および民間人を追悼した。 そして、平和祈念資料館を見学した後、同資料館で、「沖縄県は、およそ500年間にわたり非常に重要な役割を果たしてきた。この場所には、沖縄の人々が払ってきた犠牲と、戦争や暴力をなくすために沖縄が果たしている指導力を示すものである」と述べた。 ケネディ大使は、沖縄県の仲井眞弘多知事と会談し、日米共通の関心分野について話し合った。大使は、 父、ケネディ大統領が下院議員時代の1951年、(アジア旅行中に)病気の治療で沖縄の米海軍病院(当時は陸軍病院)に入院した際のビザ申請書のコピーを 知事に贈った。知事との会談後、ケネディ大使は首里城を訪れ沖縄の独特な歴史と文化について学び、首里高校では学生と詩や俳句について話し合った。 2月13日午前、ケネディ大使は嘉手納スペシャルオリンピックの主催者らと会った。昼食後にはキャ ンプフォスターを訪れ米軍関係者らと会い、激励の言葉を述べた。その後、新築された米海軍病院を視察し、キャンプシュワブに向かった。キャンプシュワブで は、普天間代替施設計画について説明を受けた。
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ケネディ大使、沖縄訪問 2月13日(木)のスケジュールについて

下記のスケジュールは、在沖縄総領事館が2月13日に沖縄県の報道機関に対して公表したケネディ大使の同日のスケジュールです。 2月13日(木) 午前 〔嘉手納スペシャルオリンピックス主催者との懇談〕 ・故ケネディ大統領の妹ユニス・シュライバー氏が「スペシャルオリンピックス」を1968年に設立した経緯があることから、ケネディ大使もスペシャ ルオリンピックスに深い関心を寄せており、今回、嘉手納スペシャルオリンピックスの主催者との懇談を行い、その活動を激励しました。主催者側からは下記の 説明が行われました。 ・嘉手納スペシャルオリンピックスは、嘉手納空軍基地において特別支援を必要とする方々のために開催されています。2000年の第一回大会にはわず か100人の参加しかありませんでしたが、現在はその約15倍、太平洋地域において最大の米軍地域支援イベントとなっています。 ・一日を通して18の競技やアート展が行われ、参加している競技者やそのご家族のために音楽やエンターテイメントも提供されます。 ・2013年には1,460人の競技者が参加し、それを500人の日本人ボランティアと1,800人のアメリカ人ボランティアが支えました。競技者の99%は沖縄県にある77以上の特別支援施設からの参加でした。 〔キャンプ・フォスターにおいて在沖米軍兵士とその家族を激励〕 ・キャンプ・フォスターにおいて、在沖米軍四軍の約200名の軍人とその家族に会い、日米安全保障への貢献に対する労をねぎらい、激励しました。 2月13日(木) 午後 〔米海軍病院を視察〕 ・2013年3月に新築された米海軍病院において、病院内の視察および病院関係者から同病院における日米の協力について下記のとおりブリーフィングを受けました。 ・米海軍病院では毎年6名の日本人医師をインターンとして受け入れしており、医療現場における日米の違いを学ぶことによって、将来、国際的な活動に応用できる技術を学んでもらっています。 ・また地元看護学校との連携も行っており、スタディ・ツアー等の受入れを行っています。 〔キャンプ・シュワブを視察〕 ・陸路にてキャンプ・シュワブを視察し、普天間代替施設に関する説明を受けました。 〔那覇空港から東京へ出発〕 ・午後2時頃、那覇空港より離沖しました。
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ケネディ大使、仲井真沖縄県知事を表敬

ケネディ大使は沖縄県を初めて訪問し2月12日、仲井真知事を表敬した。大使は県平和祈念公園(糸満市)を訪ね国立沖縄戦没者墓苑で献花、子供たちのためにより良い未来とより平和な世界を築きたいという希望を 述べた
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ケネディ大使、レッドソックスを歓迎

ケネディ大使は1月21日、大使公邸で開かれた大リーグのボストン・レッドソックスを歓迎するレセプションで、レッドソックスの上原浩治投手、リトルリーグ世界チャンピオンの武蔵府中リトルリーグ(東京)、ソフトボール女子日本代表のメンバーらと歓談した。
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長崎市でのハナミズキ植樹式におけるキャロライン・ケネディ駐日米国大使のあいさつ

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 2013年12月10日、長崎平和公園 皆さん、こんにちは。この美しい都市に私を歓迎していただき感謝します。 とりわけ、長崎市の田上富久市長、長崎市議会の板坂博之議長をはじめ、今日ここにお越しの市議の皆さんにお礼を申し上げます。貴重なお時間を割いて、この友好の式典にお越しいただき、ありがとうございます。 また日米協会、長崎・セントポール姉妹都市委員会、ロータリー・クラブにもお礼を申し上げます。皆さんには、日米関係で非常に重要な役割を果たす教育の機会に対し、ご支援をいただいています。 さらには日米交流財団のポルテ副委員長、そして後援者の皆さんの支援がなければ、私たちは今日ここにいなかったでしょう。多くの皆さんにこの特 別な式典に参加していただけたことをうれしく思います。セントポールにいる私の友人たちに、姉妹都市である長崎の皆さんが彼らの訪問を待っていること、そ して私が皆さんをセントポールにご招待したことを必ず伝えます。 後ほど山里小学校の児童も参加することになっており、私はことのほか、うれしく思っています。なぜなら、この子たちは将来の日米友好大使だからです。 ここに来る前に見学した長崎原爆資料館と浦上天主堂では、この町の歴史と、より平和な世界の構築に向けた長崎市の決意に深く心を動かされました。 ネルソン・マンデラの死去から数日、私たちは皆、和解の力と、平和と正義、言論と信仰の自由の実現のための努力を続けなければならないことをあらためて実感しています。長崎市は半世紀以上にわたり、この取り組みを主導してきました。 市長がおっしゃったように、私の父は核兵器の廃絶に熱心に取り組んでいました。大統領として父が最も誇りとしていた功績は、部分的核実験禁止条約の締結でした。 オバマ大統領がケネディ大統領と同じく核兵器の廃絶に取り組み、新戦略兵器削減条約(新START)や、イランが保有する破壊兵器の数を大幅に 削減する「第1段階の措置」で合意に達したことを誇りに思います。しかし、私たちは皆、この困難で危険な世界で平和を訴え続けていかなければなりません。 幸いなことに、私たちは過去の悲しみを忘れることなく、共に友好の絆と将来への希望をたたえることができます。 ですから、米国民からの贈り物である米国産ハナミズキ100本を長崎市民と日本国民の皆さんにお渡しできることを光栄に思います。これは、100年以上前、米国が日本の皆さんからいただいた贈り物に対する感謝のしるしです。 1912年3月27日、当時の米国のファーストレディー、ヘレン・タフトと珍田駐米日本大使夫人が、ワシントンDCで2本の桜の木を植えまし た。アドレナリンを発見した偉大な日本人科学者、高峰譲吉博士のご尽力により実現した贈り物で、この2本を皮切りに3000本以上の桜の木が米国の首都に 植樹されました。 以来毎年、何世代にもわたり、米国人と日本人だけでなく、世界中の人々が、ワシントンDCで開催される桜祭りを楽しんできました。これはこれから何百年も続くでしょう。 実は、私には、ワシントンDCでの子どものころの思い出はほんのわずかしかないのですが、そのうちのひとつが、桜の季節に母に連れられて、桜並 木で有名な入り江「タイダルベイスン」の周りを歩いたことです。桜はとてもきれいでしたが、新しい赤い靴を履いて歩くにはとても遠かったので、わずか3歳 でしたが、この時のことをよく覚えています。 日米の友好のシンボルとして、この美しい桜の木やハナミズキほどにふさわしいものは他にありません。こうした木のように、両国の絆は年を追うごとに深まり、広がり続けるでしょう。 日米同盟は、継続的な管理と世話が必要な「生きている」パートナーシップです。この神聖な場所で、そして日本と米国のあらゆる場所で、平和への決意を維持し、新たにしていくのは、各世代の責任です。今は私たちの番です。 田上市長、そして長崎市の、この意義深い、永続的な取り組みにあらためて感謝いたします。互いに理解しあう世界への道を切り開いていただき、ありがとうございます。これから、この友好関係を深めていくことを楽しみにしています。 また来ることが楽しみです。
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キャロライン・ケネディ大使、日本到着

キャロライン・ケネディ大使は11月15日、成田国際空港に到着した。女性として初の駐日米国大使となる。到着声明の中で、同大使は、日本を敬愛するオバマ大統領の代理として、駐日米国大使を務められることを光栄に思う、と述べた。( ビデオ・逐次通訳付き
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