在福岡アメリカ領事館の歴史

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

1950年8月より、アメリカ政府は福岡市大名町のオフィスにて領事サービスを開始する。1952年4月には、首席領事オーウェン・J・ザヘイレンを筆頭に、他領事2名、15人の職員が勤める在福岡アメリカ領事館が開設され、28日の講和条約発効を迎えた。



首席領事ザヘイレンと職員(1952年)


1952年5月、領事館は天神にある有名な「ホワイトハウス」と呼ばれる建物に移転される。同じ建物には、国務省の一機関として、1952年5月6日にアメリカ文化センターも開館した。1953年にはアメリカ文化センターはアメリカ広報庁(USIA)に移管される。

1960年10月に領事館は現在の所在地である福岡市大濠に移転した。領事館の建物はカリフォルニア・サンフランシスコを拠点として活動するハー ヴィー・パーク・クラーク、ジョン・フレドリック・ボイトラー、ジョージ・T・ロックライズの建築事務所、アーキテクツ・アソシエイテッドによって設計さ れた。1982年には、アンサンク・セダー・ポーチカ・アーキテクツが領事邸宅を設計、領事館の敷地内に建てられた。



天神のホワイトハウス(1952年)


1972年4月25日に在福岡アメリカ文化センターはアメリカン・センターと改称される。1992年、アメリカン・センターは設立40周年を迎え る。その年の12月にアメリカン・センターは天神の「ホワイトハウス」より移転、「ホワイトハウス」はその後、取り壊された。1993年1月29日、アメ リカン・センターは福岡市大手門にてリオープンした。1997年にアメリカン・センターは再び移転し、現在の所在地である福岡市天神のソラリアパークサイ ドビルでオープンした。1999年、アメリカン・センターの親機関であったアメリカ広報庁(USIA)は国務省に統合され、福岡アメリカン・センターは在 福岡アメリカ領事館の広報部となった。

2016年までに24人の米国務省外交官が在福岡アメリカ領事館の首席領事を務めた。現在の首席領事はジョイ・M・サクライ領事である。その他に3人の領事が勤務している。

参考文献

在福岡アメリカ領事館. Record of Fees , August 1, 1950-June 25, 1953.
福岡日米協会. 福岡日米協会設立50周年記念誌. 2008. 40p.
福岡市総務局編. 福岡の歴史 : 市制九十周年記念.福岡市. 1979. 357p.
西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部編. 福岡県百科事典. 西日本新聞社. 1982. 2巻.
西日本新聞. 外国公館各地で開設準備. 1952年4月28日.
福岡アメリカン・センター40年展実行委員会編. 福岡アメリカン・センター40年. 福岡日米協会、福岡アメリカン・センター40年展実行委員会. 1993. 195p.